その日、練習できなかったことで勝利が遠のくような感覚になります。僕も現役の頃はそうでした。
でも、アスリートはそれまでずっと練習してきています。1年間365日が練習、練習、試合前日、たった1日だけ練習できなかったからといって、それまで積み上げてきた実力は何も変わりません。前日に練習するのは単に安心感を求めているだけ。でも、その欲求があるから不安が生まれるのです。だから『何万球打ってきたんだ、思い出せ!』なんですね。それまでの準備、積み重ねた経験を思い出せばいい。1日やそこらで消えていく生半可な力ではないはずです。
『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』
松岡 修造
-タイチーめも-
それまでに積み重ねてきた経験が自分自身であり、自分の能力
太極拳の世界でも同じです。
試合の前、1日練習できなかったくらいで、無くなるような鍛錬を重ねてきたわけではないでしょう?
今まで、何千回、何万回、練習してきたのか? と、よく言い聞かせながら戦っていました。(^ω^)
大きな大会の前、試合の直前の1週間ほど「練習禁止」の時期を設けてテンションをMAXまで持っていっていた方がいます。
その方の普段の猛練習っぷりを知っていただけに、このことを聞いたときには驚きでした。
1週間ほど練習しなくてもなくならない、絶対的な実力が備わっているからこそ、なんですねぇ。(^ω^)
日常での、不断の努力があってこそ、活きてくる力強い言葉ですね。
今日も頑張って練習しようっと!\(^o^)/
僕はベストを尽くすことが大好きです。
なぜなら、それ以上はできないからです。でも、「ベストを尽くす」という言葉の中に言い訳が入り込んでいるのはいけません。「ベストを尽くすのだからどんな結果になってもしかたがない」という言い訳です。つまり、負けても失敗してもいいということです。
ベストを尽くすというのは最高の言葉ですが、心のあり方次第では使い方に工夫が必要です。
僕が勝ちにいくとまで言い切った相手は実力的に強い相手でした。ベストを尽くすけど、多分、負けるだろうなという弱い気持ちがあったから、「勝ちにいく」と言う言葉をつけて自分を鼓舞しました。
人は最高の言葉を使いながら、実は逃げていることがあります。それはいいことではありません。
『松岡修造の人生を強く生きる83の言葉』
松岡 修造
-タイチーめも-
「ベストを尽くす」に言い訳は入れない
ベストを尽くす、努力する、のはもちろん大事です。
しかし、言い訳に使ってしまうのはいけません。
そういうときには「ベストを尽くして、絶対に勝つ」とか「必ず〜〜を仕上げる」と、具体的な言葉をつけるべし、と修造さんは言っています。
心のあり方次第で、どんないい言葉、いい考え方もだめなものになってしまう。
まさに拳諺にいう、「一毫の誤りが千里の隔たりになる」ですね。
答えは自分の心にあります。
僕は記憶力がいいほうではないので、いろいろな記憶法を学んだことがあります。あるとき、1つの記憶トレーニングにチャレンジして想像以上に記憶力がアップしました。その方法を教えてくれた先生に「すごいね!」と褒められた僕は「先生のおかげです」と謙虚に答えました。その時です。
「どうしてもっと喜ばないの?」
先生から言われてしまいました。そして「今までできなかったことが少しでもできるようになったら。子どものように喜んだほうがいい。そうすることでトレーニングがもっと面白くなる」
『人生を変える修造思考!』
松岡 修造
-タイチーめも-
ちょっとした成功でも喜ぶクセをつける
今までできなかったことが、できるようになった時のうれしさは、筆にも舌にも尽くしがたいものがありますよね。(^ω^)
伝統武術としての陳氏太極拳は、武術としての要求から、腕の上げ下げにも厳しい要求があります。
もちろん初心のうちには、あまり厳しい要求を言うことはありませんが、修行の結果、できるようになった喜びはいつになっても良いものです。(^ω^)
私の修行時代には、その日は、いつもよりも贅沢なビールを呑んでお祝いしまくりました!\(^o^)/
…ちょっと「子どものように」ではない気もしますw
楽しさを覚えると、それまでの苦しい訓練が、急に楽しいものになってきます。
そんな不思議をまた味わいたくて、また毎日練習しちゃうのかもしれませんねぇ。(^ω^)
おはタイチーございます。 今日も良い1日でありますように!\(^o^)/